境内のご案内
総面積約500坪の雄大な桧皮葺屋根を戴く当宮の御本殿は、菅公をおまつりする御殿と拝殿が石の間という石畳の廊下でつながり、御本殿の西には脇殿を、拝殿の両脇には楽の間を備えた特色ある構造になっています。「八棟造」または「権現造」と称され、神社建築の歴史を伝える貴重な遺構として国宝に指定されています。
千年有余年の歴史を誇る当宮では、古くより朝廷及び将軍家が造営修繕を担い、現在の御本殿は豊臣秀吉公の遺命により豊臣秀頼公が慶長12年(1607)に造営されたものです。唐破風や黄金色に輝く装飾、精緻な彫刻の数々の絢爛豪華さはいうまでもありませんが、特に多数の現存桃山建築の中で、その建築造営当時の規模そのままに保存されているのは、神社建築中でも当宮が唯一のものです。
当宮御本殿の出現によって、始めて壮大な拝殿内で祭祀が執行されるなど、神社祭典史の上でも画期的のもので、後世の権現造の原形ともなるなど、諸社殿の豪壮華麗な姿と共に、国宝第一級たるに恥じない遺構として、今に伝えられています。
通常は拝殿前よりご参拝いただきますが、ご祈祷の際には拝殿に昇殿の上、ご参拝いただきます。御神前での厳粛な雰囲気とともに、殿内の美しい装飾にもご注目ください。
天神さまの豆知識
境内に数ある梅の中で、御神前に植えられることを許された唯一の梅。
当宮に遺される史料や文献等からは、平安時代、菅公が自邸の紅梅殿で丹精込めてお育てになられた紅梅を絶やさぬよう、当宮創建以来、代々御神前で守り受け継いできたことがわかります。
当宮所蔵の「宮仕日記」寛政5年(1793)11月25日条には、「庭上(御本殿前)の梅の木はいわゆる飛梅の種に間違いなく、この梅の前に「飛梅木」と記した石碑を建てるか否か」などのやりとりの様子が記されており、寛政年間当時、庭上(御本殿前)に植えられた梅について、飛梅伝説伝承の御神木と位置づけられる特別な梅であると広く認識されていたことが読み取れます。
創建以来、接木によりその種を絶やさないよう守り受け継がれてきた飛梅は、天神信仰に語り継がれる飛梅伝説のはじまりの梅なのであります。
楼門と御本殿の間に建つ中門は三光門と呼ばれ、ひと際壮麗な造りと上部に掲げられた後西天皇御宸筆『天満宮』の勅額によって、当宮のシンボル的な建築として知られています。
三光とは、日、月、星の意味で、梁の間に彫刻があることが名の由来ですが、星の彫刻だけが見られないともいわれています。その理由は、かつて帝がお住いの大極殿から北野を望まれると、ちょうどこの門の上に北極星が輝いたと伝えられていることから、北極星をいただく伝説の門といわれています。天空と一つになって平安京を守護した場所が、この北野の地なのです。
この伝説は「星欠けの三光門」として今も当宮の七不思議に数えられています。
御本殿と同じく、桃山時代の建築様式で重要文化財に指定されています。
日の出
日の入り
三日月
開門時間
7時〜17時