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余香祭(よこうさい)披講式(ひこうしき)
午後2時から約50分間(於本殿)
御祭神菅原道真公が右大臣のとき、清涼殿の重陽の宴に召され詩を詠まれ、御衣を賜ったことを、一年後大宰府で追想して詩を作られた旧儀による。
菅原道真公は、右大臣の位にあった昌泰3年(900年)9月醍醐天皇より清涼殿に於ける「重陽の宴」に召され詩を詠まれた。帝は菅公の詩にいたく感銘され、着衣を授けられた。一年後配流地の大宰府でその栄華を追想され、有名な「去年の今夜」にはじまる[重陽後一日]の詩篇を作られたのに因み、大正8年10月29日(往時の9月9日を新暦に換算)に、久しく絶えていた旧儀を余香祭と名付け再興し、以後毎年10月29日に行うようになる。
毎年兼題を決めて全国より集まる数百首の献詠を濱崎加奈子氏の選により、京都在住の旧堂上方現在は「向陽会」の人々によって綾小路流にて献詠歌披講式を行う。
当日の神餓(お供えもの)には黄菊,白菊を飾り、又斎主以下祭員・奉仕者も全員冠に小菊をかざして奉仕する。なおこの行事は、毎年正月宮中で行われる「歌会始め」の御式(冷泉流)とだいたい同様である。
参考:官中歌会始め
去年の今夜 清涼に侍す 秋思の 詩篇 独り腸を断つ
恩賜の御衣 今 茲に在り 捧持して 毎日 余香を拝す
去年のちょうど今夜は、清涼殿で催された観菊の宴で醍醐天皇の御前に伺候していた。そしてその折り「秋思」という御題を賜り、詩一篇を詠んだが、その中で疎外されてしだいに孤立化してゆくわが身を憂憤をこめて、ひとりひそかに断腸の思いとして述べたのであるが、醍醐天皇はこの詩を称賛され、宴果てて御衣を下賜されたのは、晴れがましい身の栄誉であった。その折の恩賜の御衣は、はるばる流謫のこの身に大切に携えてきて衣箱の中に少しも変わらないで今もある。毎日捧げ持っては醍醐天皇を拝し御衣にたきしめられた残り香をかぎ、君恩のかたじけなさに感涙にむせぶのである。
※いずれも北野天満宮前下車すぐ