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創建以来、千有余年の長い歴史があり、その間に皇室の深い尊崇をうけ、その影響もあってか、公家や武家さらに商人たちの信仰も厚かったことから当宮には数多くの宝物が奉納され伝えられています。
中でも、国宝 北野天神縁起は数ある同類の内で、根本縁起といわれ、絵巻物の中では特に優れた作品として高い評価を得ています。
歴史上貴重な『日本書紀』、それに北野社史など古文書類もおびただしい数にのぼっています。
また、明治天皇も御覧遊ばされた鬼切と呼ばれる太刀、豊臣秀頼が寄進した堀川国広作の名刀、当宮を崇敬した加賀藩主前田家から五十年目毎に大萬燈祭に奉納された刀剣等、さらに京都を舞台として活躍した画家や工芸作家の絵馬・蒔絵硯箱・屏風や茶道具類なども伝存し、収蔵品の幅が広いことを物語っています。
またその多くは重要文化財に指定されており、これら優れた文化遺産を通じて豊かな日本の美の伝統を十分に鑑賞していただければ幸いです
団体(30名以上)の場合、通常開館日以外でも受付致します。TEL 075-461-0005(要予約)
国宝/北野天神縁起絵巻は承久元年(1219)に作成(藤原信實画)された。 現存する多数の北野天神縁起絵巻のうちで最も古く、大きさも縦52cm、横は最短842cm、最長1211cmと最も大きく根本縁起といわれいる。 ※全9巻、内1巻は白描(下書)である。



源義経討伐の内命をうけて上洛した土佐坊昌俊を馬に乗せて引き立てて行く弁慶の勇姿を描いている。筆者の長谷川等伯は、桃山画壇の巨匠である。

絹本著色装 豊臣秀頼公奉納 桃山時代
白馬と黒馬が二面に描き分けられている。筆者は桃山時代の有力な画家で、記録によると豊臣秀頼が武運長久を祈願して奉納したものである。


北野天満宮を高い所から見おろしたような社頭図。上方の社殿内陣に束帯をつけて座る天神像、左右に多数の摂末社や塔と鳥居をあらわした室町時代の宮曼荼羅である。

桃山時代の作品で、描かれた巧妙な構図の取り方と洗練された図様の表現は見事である。豊臣秀吉公の信任が篤く、また当宮の崇敬者であった山中山城守長俊(1547~1607)が、連歌の催された時に使用し、のち奉納された。

神代と呼ばれる神話体系から持統天皇までの歴史を漢文で編年体に記述した史書。 鎌倉時代の写本で、卜部兼永が所持していたので、兼永本とも呼び、書紀の校本として貴重である。

豊臣秀吉が北野の松原で催した大茶会の様子がパノラマ式に詳しく描かれている。筆者の一恵は京都の人で幕末の志士、有職画に長じていた。

円形の大きな鏡で、鏡背に日本列島の諸国名を表している。京の鏡師で桃山時代に名声の高かった木瀬浄阿彌が作り、加藤清正が奉納した。

鬼切と号する太刀で、当初「安綱」と刻銘してあったが、後代に安の字に字画を加えて「國綱」にしたと伝えられる。源氏の重宝として最上家に伝来し、のち有志者より当宮へ奉納された。

作者は鎌倉時代中期に活躍した、備中国青江派の刀工である。元禄十五年(1702)二月二十五日の八百年大萬燈祭に加賀藩主の前田綱紀より当宮に奉納された。

天正十五年(1587)十月一日、豊臣秀吉は北野天満宮の境内を会場に盛大な茶会を催した。その時、広く一般民衆に参加をふれ知らせた高札である。
